闘病の記録




さかのぼると


  「前立腺」という言葉を初めて耳にしたり、意識しだしたのは、90歳で亡くなった父親が高齢期に、「前立腺肥大症」で悩んでいた頃でした。
この時は、まさか自分も「同じ運命」を辿り、深刻な事態になろうとは、想像すらできませんでした。


 40年(+4年)間のサラリーマンライフへピリオッドを打った年、偶然に市が実施した「シニア対象の検診」をした開業医から、血液検査の結果PSA値が標準値を超えていて異常である為、専門医の精密検診を受けた方が良いと言われ、市立病院を紹介されたのがこの病気とのかかわりの始まりです。




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PSA値とは、前立腺がんとは  A  B  C  D




PSA値と他の検査との関係

 PSA値は、2004年(H16)の先ず最初の検査で、上限値の4.0ng/mLを超えた6.8でした。




PSA値の推移と他の検査との関係 PSA値の推移


 PSA値は検査の都度、不気味にゆるやかな上昇を続けていましたが、前立腺の全摘出を最終的に決断したのは、「生検」の結果ガン細胞が検出されたためです。
執刀医によると、PSA値は前立腺肥大症だけでも上昇が見られるが、「前立腺肥大症」と「前立腺がん」は全然別の病気であり、これらの発症年齢が重なっているため、非常に混同されやすいということです。





入院生活


 病窓から毎日見続けてきた景色。
正面は、米軍から返還真近の多摩弾薬庫跡地、春爛漫まぶしくもあり印象的な夕日でした。

病窓からの眺め 印象に残る夕日
 2008年2月25日〜3月12日まで17日間の入院生活中は、初めての出来事が幾つか重なり貴重な体験の連続でした。


 手術して下さった執刀医の「松崎先生」他、麻酔科の医師、および十数人の医療チームの皆さまには大変感謝しています。 また、沢山の看護師さんにも出会い、どなたにも手の届かないとこまで大変親切に対応して戴き、初めての介護を受けると言う体験をし、まさに「白衣の天使」と言われている通りであり、言い尽くせないほど感謝をしています。
 また、毎日病室へ来て、献身的に身の回りの世話をしてくれた、「かみさん」にも感謝です。



 入院中何回かお世話になった「アイスノン」は、「稲城市赤十字奉仕団」がボランティアで製作した特製手作りの袋入りのものでしたが、これを使わせて頂くにつき、「結成20周年記念」の記念誌作成のお手伝いをしたばかりであったこともあり、この奉仕団の活動による作品が入院患者に喜ばれている事実を、ほんの一部だったが身をもって体験でき、これらが重なり感慨もひとしおでした。




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